TIME ASIA2024(日本語訳)
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「どんな患者さんでも診る医師になろう」という思いは、医師になった当初から抱いていました。
最初のキャリアは外科医でしたが、手術をこなす日々の中で私がゴールとしていたのは「手術の成功」だけではなく、「患者さんが元気になること」でした。たとえ胃の手術が成功しても、その患者さんがうつ病になってしまったら、本当の意味で健康を守ったことにはなりません。そのため、外科以外の分野についても積極的に学びました。
日本の医療機関は専門クリニックが基本で、診療科目が細かく分かれています。検査で異常が見つからなければ「異常ありません」とだけ告げられ、症状を抱えたまま放り出されてしまうこともしばしばです。処置が遅れてしまうケースも少なくからず発生しています。救急医として勤務していた際には、手遅れの状態で運ばれてくる患者さんや、他のクリニックで十分な治療が受けられずに症状が悪化した患者さんを数多く診てきました。こうした経験から、専門にこだわらずに患者さんに寄り添うことのできるクリニックの必要性を強く感じていました。
私が開業した当時は、「総合診療」という言葉は使われていたものの、総合診療のためのクリニックという考え方はほとんど存在していませんでした。そこで「総合診療クリニック」という新しい概念を導入し、症状や診療科目に関係なく「まずはあそこに行こう」と思っていただけるクリニックを作ることにしました。
はじめは総合診療が地域に根付くかどうか不安もありましたが、実際に開業してみると、多くの患者さんが来院してくれました。今では、体調が悪くない時でも私の顔を見に来てくださる方や、「きくちさんがいるから、綾瀬市は日本一住みやすい場所だね」と言ってくださる方もいます。開業から8年が経ち、患者さんとの信頼関係を築けていると実感しています。
きくち総合診療クリニックは、地域の皆様のかかりつけ医として「いつでも、なんでも、誰でも、まず診る」ことを大切にしています。具合が悪くなる度に自分で病院を探し、原因が判明するまでいくつもの病院を渡り歩くことは、特に高齢者にとって大きな負担となります。気軽に相談できるクリニックがあれば、そこで治療を受けたり、大きな病院への紹介を受けたりと、その方に合った適切な対応が可能になります。自分で医療機関を選ぶメリットも多くありますが、高齢者にとっては「とりあえずここに行けばいい」と思える場所がある方が安心です。日頃から相談できる医師がいることで、病気の早期発見や予防にもつながります。
検査や薬の処方も重要ですが、医療の本当の役割は、患者さんに寄り添い、症状を解決し、不安を取り除くことにあると考えています。この考え方は、コロナウイルスの流行をきっかけに一層強まりました。多くの医療機関がひっ迫し、普段通っている病院から診察を断られる方が続出した中、当クリニックにも毎日行列ができるほど多くの患者さんが訪れました。この状況を目の当たりにし、緊急時こそ患者さんに寄り添うことがかかりつけ医の役割であると実感しました。
患者さんと接する際には、些細なことでも話しやすい関係性を作ることを心がけています。医師と患者としてのやり取りにとどまらず、生活環境や家族構成、考え方など、患者さんの人間性を理解しようと努めています。このような深い理解に基づいた診療ができることが、地域に根付いた医療の強みだと感じています。
日本は世界一の長寿国であり、手術の成功率やがん治療といった最先端の医療技術において、世界から高く評価されています。しかし一方で、専門分野に偏った医療教育の影響から、地域医療が十分に機能していない現状があります。その結果、多くの患者さんが適切な医療を受けられず「医療難民」となってしまうケースが増えています。そして、この傾向は今後さらに深刻化すると予測されます。
日本の医療問題に立ち向かうためには、若い医師の力が欠かせません。そのため医学教育の根本的な見直しも必要となるでしょう。専門的な知識も重要ですが、総合的に診察できる医師を育てるカリキュラムを強化し、患者さんの健康を守ることのやりがいを若い医師に伝えることも必要だと感じています。また開業には大きなリスクが伴い、経営者としての責任も求められるため、踏み切れない医師も多いのが現実です。開業支援や行政による支援制度の充実も必要となるでしょう。
地域医療を守るかかりつけ医として、今後も日本の医療のあり方を変えていくための道を模索していきたいと考えています。総合診療クリニックが日本全国に普及されるように、きくち総合診療クリニックが全国のモデルクリニックとなることができれば幸いです。