救急診療・総合診療・小児診療・CT/MRI
きくち総合診療クリニック

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総合診療かかりつけ医が全国に拡がれば、
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どうしても忘れられない患者さん

80代の女性でした。

初めて私の診察室に入ってこられた日のことを、今でも鮮明に覚えています。

椅子にゆっくり腰を下ろし、小さな声でこう言われました。

「先生……ご飯がおいしくないんです。」

その声には力がありませんでした。

顔色は悪く、以前の写真よりも頬はやせ、服も少し大きく見えました。

隣に座っていたご家族も心配そうに話してくださいました。

「何か月も前から食欲がないんです。」

「体重もどんどん減ってきました。」

「最近は元気もなくて……。」

そして最後に、少し困ったようにこう付け加えました。

「年だからでしょうか。認知症も始まっているのかもしれません。」

それまで毎月、いくつもの医療機関へ通院されていました。

内科。

整形外科。

循環器科。

それぞれで薬を受け取り、必要な検査も受けていました。

でも、そのたびに返ってくる言葉は似ていました。

「年齢を考えれば食欲が落ちるのは普通ですよ。」

「ご家族が認知症かもしれないと言うなら、その可能性もありますね。」

「心臓は検査で異常ありません。」

「様子を見ましょう。」

一つひとつの診療や検査に問題があったと言いたいのではありません。

それぞれの専門領域では、説明できることだったのかもしれません。

でも、その患者さん全体を診る医師はいませんでした。

私は初めてお会いした日、診察室の机いっぱいに薬を並べました。

お薬手帳。

紹介状。

血液検査。

心電図。

画像検査。

何枚もの紙を一枚ずつ見直しました。

そして思いました。

「この方の症状を、一つの病気としてではなく、一人の人として考えよう。」

その日のうちにCTを撮影しました。

画像を見た瞬間、胸が締めつけられました。

進行した悪性腫瘍でした。

すぐに専門病院へ紹介しました。

しかし、病気はすでに進行しており、手術はできませんでした。

数か月後、その患者さんは亡くなられました。

診療が終わったあと、ご家族が私に静かに尋ねました。

「先生……。

もっと早く先生に会えていたら、結果は違いましたか。」

私は言葉が出ませんでした。

「助けられました。」

そう言うこともできません。

「変わりませんでした。」

そう言い切ることもできません。

今でも、本当の答えは分かりません。

でも、一つだけ確かなことがあります。

もしもっと早く、一人の医師が全体を診ていたら。

臓器ではなく、その人自身を診ていたら。

「食欲がない。」

「体重が減っている。」

「元気がなくなった。」

その一つひとつをつなげて考えていたら。

違う未来があったかもしれない。

私は、その可能性を忘れることができません。

だから私は、病気だけを診ません。

血液検査だけを診ません。

CTだけを診ません。

患者さんが今、何に困り、何を不安に思い、どんな毎日を過ごしているのか。

その人の人生ごと診たいと思っています。

それが、私が総合診療かかりつけ医を続けている理由です。

私は、救えなかった命を忘れないために診療しています。

そして、その経験を次の患者さんに生かすために。

今日も診察室で、一人ひとりと向き合っています。

救えなかった命は、過去には戻せません。

でもその経験は、これから出会う誰かの命を救うことができます。

だから私は今日も、病気ではなく、人を診ています。