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私が勤務医として外科医をしていた頃のお話です。
当時、私は緩和ケア病棟も担当していました。
医師になって10年目。
ある日、外来に40代の男性が、奥様と一緒に紹介状を持って来られました。
男性は、驚くほど痩せていました。
食事がほとんど食べられない。
そのまま入院して検査を行いました。
すぐに胃カメラをして、進行した胃がんがみつかりました
全身のCT検査すると
肝臓。
肺。
骨。
全身に転移していました。
ステージ4でした
抗がん剤治療のお話もしました。
しかし患者さんは、
「もう苦しい治療はしたくありません。」
そう静かに話され、そのまま緩和ケア病棟へ入院されました。
初めて病室へ伺った日のことを、今でも鮮明に覚えています。
患者さんは少し笑顔で私を見て、
「先生。」
「私は、ここで死ぬんですか。」
そう聞かれました。
私は返事ができませんでした。
すると患者さんは少し笑って、
「まだ信じられないんです。」
そう言われました。
あの笑顔は、今でも忘れられません。
人は、本当に受け入れられない現実を前にすると、泣くのではなく笑うことがある。
私は、その時初めて知りました。
医師として
「最後まで、この方の話を聞こう。」
そう決めました。
翌日から私は、毎日朝夕と病室へ通いました。
診察ではありません。
一時間、ただ話を聞きました。
仕事の話。
奥様との思い出。
休日の過ごし方。
そして、
ユーフォ―キャッチャーで1万円つかって、お子さんにきりんのぬいぐるみをとってあげたこと
病室には、その小さなお子さんがぬいぐるみをもって毎日のように来ていました。
お父さんのベッドによじ登って笑う姿。
その姿を見るたびに、
胸が締め付けられました。
ある日、私はお聞きました。
「いつ頃から体調が悪かったんですか。」
患者さんは静かに話してくださいました。
「一年くらい前から、胃の調子がおかしかったんです。」
「でも仕事のストレスだと思っていました。」
奥様も続けて話してくださいました。
「だんだん痩せていくので心配でした。」
「三か月前には病院へ行こうって何度も言ったんです。」
ようやく奥様に背中を押され、近くのクリニックを受診しました。
患者さんは
日に日に痩せていきました。
歩けなくなりました。
食べられなくなりました。
それでも患者さんは、穏やかでした。
そして、入院2か月後のある日
私の目を見て
「先生。」
「もっと早く見つかっていたら、助かりましたか。」
私はすぐに言葉が出ませんでした。
言葉を慎重に選んだことを覚えています。
私は静かに答えました。
「……そうだったかもしれません。」
患者さんは少し笑って、
「そうですか。」
と言いました。
そして続けて、
「まだ、自分が死ぬ実感がないんです。」
すると患者さんは、
私の目をまっすぐ見て、
「先生。」
「私が亡くなる時も、先生に診てもらいたい。」
「先生はいい医者になるよ、しっかり話をきいてくれるから」
そう言ってくださいました。
私は、それまで患者さんの前で涙を流いたことはありませんでした。
涙が止まりませんでした。
「何もできなくて、本当に申し訳ありません。」
心で思いました。
三日後の朝4時。
私は当直でした。
病棟から電話が鳴りました。
急いで病室へ向かうと、
患者さんは静かに息を引き取られていました。
私は聴診器を胸に当て、
最後の診察をしました。
そして、
心の中で、
「ありがとうございました。」
そうご挨拶をしました。
奥様は涙を流しながら、
「先生、本当にありがとうございました。」
そう言ってくださいました。
その隣では、
お子さんが、
ぬいぐるみを片手に
お父さんの大きな手を、小さな手でぎゅっと握っていました。
医師として、成長させていただき、ありがとうございました。