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皆さん、日本の開業医は、いつから自分の専門だけを診るようになったのでしょうか?
今の日本には、循環器内科、消化器内科、糖尿病内科、呼吸器内科など、さまざまな専門のクリニックがあります。
でも、昔の町医者は違いました。
熱が出ても、お腹が痛くても、けがをしても、まず町の先生が診ていました。
では、いつから変わったのでしょうか?
日本の医療150年の歴史を振り返ります。
明治政府は「医制」を公布しました。
日本の近代的な医療制度の出発点です。
当時の地域の開業医は、今のように専門が細かく分かれていたわけではありません。
風邪も診る。腹痛も診る。けがも診る。
子どもも高齢者も診る。
必要なら患者さんの家まで往診する。
患者さんの家族や生活環境も知っていました。
病気だけではなく、その人を診る。
これが、昔の町医者の大切な役割だったのです。
1922年、大正11年。
健康保険法が成立しました。
1948年には、現在につながる医師法と医療法が整備されました。
この時代も、地域医療を支えていたのは、町の開業医でした。
何かあれば、まずいつもの先生に診てもらう。
患者さんは自分で何科に行くかを細かく考える必要がありませんでした。
1961年、日本は国民皆保険を実現しました。
誰もが医療を受けやすくなり、医学も大きく進歩しました。
1962年には麻酔科の指導医制度が始まり、1968年には内科の専門医制度も始まります。
その後、循環器、消化器、呼吸器、糖尿病など、専門分野が発展していきます。
高度な検査や治療が可能になり、たくさんの命が救われました。
これは素晴らしいことです。
専門医療が発展したことは、日本の医療の大きな成果なのです。
しかし、1980年代から1990年代にかけて、一つの変化が起こります。
大学病院で専門医になる。
病院で長年、専門分野の診療を行う。
そして、その専門医が地域で開業する。
こうして病院の専門化が、地域の診療所にも広がっていきました。
昔は「町の何でも診てくれる先生」だった。
それが「心臓の先生」「胃腸の先生」「糖尿病の先生」へと変わっていった。
私は、この時代が地域医療の大きな転換点だったと考えています。
実際、1989年には厚生省も、特定の領域しか診られない医師が増える危険性を指摘しています。
そして2004年。
新しい臨床研修制度が必修化されました。
それまでの医師教育には、専門の診療科に偏りやすいという問題がありました。
厚生労働省は、その問題を、
「病気を診るが、人は診ない」
という言葉で表現しています。
専門医になる前に、幅広く患者さんを診る能力を身につけよう。
そういう方向へ制度が変わったのです。
さらに2018年には、総合診療が19番目の基本領域に加わりました。
ただし、私はここで一つ、強く伝えたいことがあります。
総合診療専門医という資格の話と、かかりつけ医が何をするべきかという話は、別なのです。
もちろん総合診療専門医を育てることは大切です。
でも、私は総合診療専門医だけが、患者さんを幅広く診ればいいとは思いません。
循環器専門医でも、消化器専門医でも、糖尿病専門医でもいい。
地域でかかりつけ医として診療するのであれば、専門以外の症状でも、まず患者さんに向き合ってほしいのです。
胸が痛いから循環器。
お腹が痛いから消化器。
そんなふうに、患者さんが毎回、自分で病院を探さなければならない。
それでは、かかりつけ医がいる意味は何でしょうか?
専門医資格は医師の専門性を示すものです。でも、患者さんが求めているのは、資格の名前だけではありません。
困ったときに診てくれる先生です。
自分の病気も、飲んでいる薬も、生活も知ってくれている先生です。
もちろん、一人ですべての病気を治療する必要はありません。
まず診て、判断して、必要なら専門医に紹介する。
そして、紹介した後も患者さんを診続ける。
それが本来のかかりつけ医の役割だと、私は考えています。
これから日本では、複数の病気を持つ高齢者がさらに増えていきます。
だからこそ、患者さんを診療科ごとに分けるだけではなく、一人の人間として診る医師が必要です。
私は、日本の医療を明治時代に戻したいのではありません。
昔の町医者が持っていた「何でもまず診る」という力を、現代医学の力でもう一度つくり直したいのです。
医師の専門分野が何であっても、患者さんの一番近くにいる。
何かあったときに、まず相談できる。
そして、必要な医療につなぎ、その後も診続ける。
日本人全員が、自分のかかりつけ医の名前を言える社会をつくる。
これが、私の目指す医療です。